2000年USAサイン研修 200年4月24日~5月4日

1. 屋外広告物報告 (「綜合報道」紙 2000年7月25日第1337号掲載)
2. 旅行記

1.巨大で人を魅了する広告
     (「総合報道」紙 2000年7月25日 第1337号掲載)

 ~ドットコム企業が屋外へ出稿~

新素材、システムのノウハウ

 ビルボードはターポリン、ウォールスケイプはメッシュ系ビニール素材にインクジェットプリンしたものが主流。
デザインにより素材は使い分けられ、耐久性はもちろん再はく離系の開発が進む。
塩ビよりもペイントに規制がある。
だが、ハンドペイントも健在だ(イラー社)。

 電飾画面はFF中心。
デジタル出力機はインクジェット系、転写系を問わず高質化(ヌール、サルサ、ビューテック、マタン、MMT社大型ドラム機など)。
製造機(ターボのベンダーなど)、ネオン(グランド・フォルト・プロテクションシリーズ)、動画ディスプレイ(ビデオ、LED)など周辺ハード機材、新商品も目白押しである。
屋外独自のマーケティング手法、費用対効果(CPM)、流動調査(TAB)などのデータ蓄積も担当あるようすで、屋外広告専門の調査会社もある(PRS社)。

 

スペース利用の方法と考え方

 自立式看板はオンプリミス(自家看板)ではないかぎり大型で、数種類に定型化されている(ブルティン、30シート、8シート、スクエア等)。
ただし全米で四万基といわれるビルボードは今や数量規制を受け増えにくい。
その分ビルボード以外に活路を求め、その総称がアウト・オブ・ホーム(OOH)である。
路上(バスシェルター、テレホンキヨスク)、バスラップ、トラック車体(有料媒体として)の定番媒体のほか、モールミュラルス(モール内空きテナントの壁内外)、エアポートラップ(空港ビルの壁や床)、工事現場囲い、空きカベ(ワイルドポスター)、屋上給水塔、ガソリン給油口など「利用できるものはなんでも」(A・マクドナルド女史)である。
エアーアド(セスナーでバナーを引っ張る)も見た。
電柱、ビルの袖看板はなく屋上広告塔も少ない(ボードはある)。
だが、OOHの圧巻は何と言っても巨大建築物の壁面広告。
西欧中世のフレスコ画以来の伝統であろう。
なお、空き媒体を代理店が抱える考え方はないようだ。


屋外広告への掲出業種

 風俗以外なんでもあるが、中心はやはり大衆大量消費社会型の産業・企業である。
自動車、衣料、化粧品、食品・ドリンク、メディア(通信・放送)、保険など。
特筆すべきはドットコム企業の掲出量の多さ。
彼らはタバコの屋外広告禁止(99年4月)によって生じたスペース(特にビルボード)の多くを埋め、売上げの30%を広告費に使い、昨年一年だけで掲出料相場を5倍に高騰させた。
この傾向は、一巡するまであと2~3年は続く予想だ。
日本企業の掲出はかなり減り、日産は健闘の印象(新会社ルノーが北米に販売網をもたないためか)。
ソニー、トヨタなども抑えている感じ。
韓国企業はサムソンに続く企業が出てきた。
また、中華人民共和国初のタイムズスクエア広告も登場した(三九◯◯)。
古くからのビーフイーター、マクスウェルハウス等も健在で、タイムズスクエアのマリオットホテル壁面にミスター・ピーナツが復活した。

屋外のエンターテインメント性

 とにかく魅せる広告が多い。
まずビルボード(特にブルティン)は、その巨大さ自体で人を魅了。
JALサンセットストリップのタテ型ボードはブルティンより巨大(ビールのミラー)。
サンタモニカ通りのブルティン群は、モンスターの行進の如き異様さだ。
ラスベガスのテーマホテル群は、建物それ自体が広告表現である上に、個々の屋外装飾塔(入口看板)は大型動画、照明・電飾を総動員した造形物そのもの。
NYタイムズスクエアも、広告物はいかに人の目を引きつけるかの創意工夫に満ちあふれている。
三次元の利用、ストーリー性ある動きの導入、夜間路上への広告投影、人目もあざむく巨大壁面LEDの投入(ナスダック)など、意匠表現や仕掛けも最先端。
テレビCMが30秒70語で表現する内容を屋外は10秒7語で表現しなければならない。
無駄を省きシンプルに凝縮、人に魅せねばならない。
屋外広告のエンターテインメント性はそこにあり、米国で好例を見ることができた。

 
2.旅行記

合衆国西部時間 200年4月24日(月) 
 朝8:18、ロサンゼルス国際空港着。
 早速チャ-タ-バスにて視察に出発。
 センチュリ-シテイは広告物ではみるべきものはないとのことで、ビヴァリ-ヒルズのロデオドライヴまで行って下車。ここは広告物視察というより観光の拠点。全米にショッピングセンタ-(やアウトレット)は
いまや43,000箇所あるそうだが、ここは東部のワシントンDCのTysonとならぶ高級ショッピング街とのことだ。ここのルイ・ヴィトンはできたばかりの様子だが、店舗面積はヴィトンのなかでは世界最大とか。10:40から11:20までいた。
 来たぞ、アメリカへ。1995年以来5年間もよく来ないで我慢できたものだ。鼻いっぱい空気を吸い込み、
背筋をのばし、大股で大地を踏みしめる。
 ロデオドライヴからは、路面の電車軌道が撤去されているサンタモニカ・ブルヴァ-ド(大通り)を東に進む。この軌道は山を越え、パサデイナの方まで45kmくらいあったそうだ。車社会の到来で撤去になった。
 次に下車したのは、サンセット・ストリップ。下車して10秒も歩かない内にどでかいタテ型の屋外看板がが目に飛び込んできた。これか!インポテンツのラ-クってのは!ここだったのか! しかしラ-クではなく、いまやビ-ルのMiller、だった。が、何かパンチに欠けるデザインで、アメリカらしくない。綜合報道の高橋社長もご同感のようすであった。しかし構造物自体は巨大である。近づいてまじまじとみた。(Outdoor
System社の扱い)
 バスにもどり、サンセット・ストリップをこんどは西に進む。「なぜここをストリップというのか知っている人いますか?」と高橋社長。みんなしばし考え込む。「じゃあ説明しますよ。くねくね曲がっているところをいうのです。」なるほど。しかし反論あり。まだ見ていませんが、ラスヴェガスの大通りもストリップというのではないですか?ラスヴェガスのはまっすぐのはずですが。
 さてここは、14フィ-ト×42フイ-ト(4.2m×12.8m)のスタンダ-ドサイズのブルテインや、30フィ-ト・ポスタ-などのビルボ-ド、またビル壁面の巨大壁画(ウオ-ル・スケイプ)のオンパレ-ドである。さすがのロスアンゼルスにおいてもここはど密集しているところはほかにかぞえるほどしかないそうだ。その質においても、ウオルト・デイズニ-の「DINOSAUR」の大壁画は、ハンド・ペインテイングというし、TOMMY
FILFIGERのインクジェットの壁画にしても巨大である。壁面の5分の1以上を広告面積にしてはならないという日本の広告条例に似た規制はこちらにもありそうだが、具体的に調べてみたい。Outdoor System社、
Eleer社、Van Wagner社、などアメリカ屋外広告大手業者の看板が目立つ。ここを去るとホッとするほどの物量であった。
 12:30,お昼になった。お昼はここから1時間ばかりかかるが、オレンジ郡オレンジ市にある「ザ・ブロック」というアウトレットでとることになり、バスはサンセット・ストリップからドヘニ-・ドライヴへ左折した。右手はビヴァリ-ヒルズの高級住宅街、左手は西ハリウッド地区で、この通りがその境界だそうだ。
ラ・シエネガ通りを南下する。結構交通渋滞する。日産自動車のビルボ-ドをよく見かける。ルノ-に吸収されたのにがんばっているな。(実はルノ-はアメリカに販売網がない)
 インタ-ネットのホ-ムペ-ジのアドレスが、十中、八九の広告物に記載されている。ここはアメリカだから、co.jpではない。ドット・コムである。いわくblockbuster.com、いわくi-motors.com、である。三次元のビルボ-ドもここだけで3例ほどあった。generation colourというのが上品だった。
 インタ-ステイト10号線から110号線に乗り継いでいくと、片側7車線になる。そこの車線表示は左から、「ビジネスオンリ-」1車線、「Carpools Only」2車線、であったが「Carpools Only」とは2人以上乗車している乗用車(2 or more persons per vehicle)専用レ-ンである。これに違反して1人乗用車がここを走行した場合、271ドルの罰金だそうである。通過していく出口(exit)のそとの一般道路に30シ-ト・ポスタ-パネルなどが立っている。
 同乗の現地ガイドの佐藤氏は、映画関係志望でこちらに来たが住みついてしまって18年たつそうだが、映画関係だったせいか、あの映画のロケ地はここです、この映画のあのシ-ンはそこで撮られました、という具合で30例ほども説明してくださったが、僕にピンときたのは次の2例くらい。
  1.「ダイハ-ド」のあの高層ビルは、センチュリ-シテイのメトロゴ-ルデンメイヤ-本社ビルの外観が使われた。今朝、その前を通ったが、高層とまではみえなかった。会社は経費節減したのだと。
  2.キアヌ・リ-ブスの「スピ-ド」で高速道路が切れていた現場はこれから行く105号線です。この線は用地買収に30年かかり、3年まえに開通したが、映画は開通前に撮影されました、というぐあい。ほんとうにあのバスはここでジャンプしたのかどうかは、きき忘れた。
 105号線~605号線~405号線と来て、右手には広大な畑が広がる。この畑の地下は海軍の弾薬庫、兵器廠だそうだ。
 このへんの景色には貸倉庫(storage)も多い。カリフォルニア州ハイウェイ22号線に入ってすぐ「ザ・ブロック」に到着した。13:35.

 さて、「ザ・ブロック」であるが、これは予定外のスケジュ-ルであったようだが、屋外広告、屋外装飾、店舗形態の発想の観点からも注目すべきである、とガイド氏は言った。というのは、いまや現地(アメリカ)の人々には「ショッピング・モ-ル」には飽きがきていて、モ-ル業、およびモ-ル業界の打開策として発想、建設、成功した例というのだから、そういうものは、ぜひ見ておきたい。形態上でいえば、「ショッピング・モ-ル」がひとつのおおきな建物のなかに複数のテナントを収容するのに対し、「アウトレット」は基本的には一つの建物に一つのテナント、一つの駐車場とし、そういう複数棟の集合体が「アウトレット」である、ということのようだ。12年前、ニュ-ジャ-ジ-でつれていってもらったモ-ルや、7年前、フィラデルフィア近郊で迷い込んだモ-ルは巨大であった。アメリカ人もそれを誇りにしていたふしがある。12年前私を連れていってくれたMr.Larry Doyleはモ-ルは新しい形態だと情熱をこめて説明してくれた。
 その後、日本でもモ-ルと銘うつ形式がふえた。またアウトレットという売りもでてきている(横浜市金沢区の三井不動産がやっている横浜ベイサイドマリ-ナ等)。が、ベイサイドマリ-ナは見に行ったがよく理解できなかったし、ほんとうのところ、「アウトレット」なるものを、この目でよくみておきたい。
 アパレルの店が多かった。食べ物屋、映画館、ゲ-ム館・・・。敷地中央に店舗棟を配置し、取り囲むように駐車場。広告、装飾の表現、素材でも特に・・・・・・。いまいちピンと来ない。佐藤氏に、結局どういうことが売りなのでしょうか?とたずねる。「サ-ビス形態です。エンタ-テイメント・モ-ルです。」パンフレットに「アウトレット」という英語はみあたらなかった。 14:40に立つ。

 午後のメインは再びロス市内へもどり、サンタモニカ・ブ-ルヴァ-ドでブルテインをたっぷりみることであった。405号線を北上、州ハイウェイ90号線に入ってすぐ一般道におり、(あとでわかったことだが)マリナ・デル・レイの脇をかすめ。ヴェニス・ビ-チ、オ-シャンパ-ク、サンタモニカ・ビ-チを左にみて、太平洋岸をのろのろと北にすすんだ。このコ-スも予定外だったので、歓声をあげる人がいた。インタ-ステイト10号線の入り口もみえた。大陸横断のもう一つの私の出発点になるであろう所である。(10号線は大西洋岸フロリダ州ジャクソンビルまでつづいている)
 その先、右折し、ウイルシェア-通りにはいり海を離れる。このころから、車内が「ビルボ-ドまだですか?」、「どこにあるのですか?」、「サンタモニカ通りで軌道敷あとの・・・」と落ち着かない。さすがサイン・ツア-ご一行である。ところがガイドの佐藤さん、えっそんな所知らないですよ、私の知るかぎり、軌道が廃止になったところなどないですよう。   ええっ、と今度はこちらが驚く番。 あっ!あそこかなあ?あそこですよう、てなぐあいで10号線eastをひろい、東のほうへ。EXIT4でおりてぐるぐるする。が、ない。高橋社長懸命の説明に、佐藤さん、今度は10号線を西へ。そして405号線を北へ。最初の出口をおりてすぐ、右折、高橋社長「あったあ。あれですよ」
 西日に赤く、ズングリ型のブルテインたちが、交差するスバルヴェダ通リをへだてて、みえてきた。ブルテインはそれぞれ一脚(ユニポ-ル)横長のT字型で、地上高くそびえることもあるが、ここのは、横幅より高さのほうが短くみえるくらいで、なんとなくダックスフンドの雰囲気である。しかし、実際は大きい。スパルヴェダ通りをわたってバスはとまる。さっそく視察におりる。一番手前のブルテインは「GUESS」。つぎのはウオツカの「SUMILNOF」でELLER社の4099の番号がついていた。ブルテインのてっぺんには、長さ2Mくらいの針棒が4基ほど設置されグルグルと回っている。多分電動で、鳥の糞害よけであろう。やることもユ-モラスで本格的だ。
 ここは大小2列の通りが走っており、左側の道幅の広いサンタモニカ通りと、右側の狭いリトル・サンタモニカの間が、10m幅くらいの軌道式のあとである。そこにブルテインが、みはるかすに、7~8基、また両通りの両側にも7~8基ずつ、高さをそろえてずっと先まで続いていく。遠いほうは、西日が何かに反射されてよく見えない。ならば、遠くまで行ってみようかとおもったら、時間の関係だろうか、バスにもどるよう言われ、バスはuタ-ンして早々と高速にのり、今夜のホテルのあるリトル・ト-キョ-に向かってしまった。たっぷり見るはずだったのに、不満であった。今朝、車内放送ででUNION STATIONにもいくとアナウンスがあったが、そこにも寄らず、夕方5:30ころ、NEW OTANI HOTELへ着いた。
  あとは、明日朝まで自由時間。ここが有名なLittle Tokyoかということで散策。道端の新聞スタンドに、メジャ-・リ-グ・ベイスボ-ルの新聞があったので、ドルをいれてとりだし、japanese cousineの店で、バドワイザ-ととんかつ定食をちゅうもんし、さっきの新聞を読みふける。細かい字でデ-タや評論がびっしりのっている40パ-ジのタブロイド紙を堪能した。

4月25日(火曜)
 9:15,ホテル2階の会議室で、イラ-・メデイア社(Eller Media Company)幹部社員のジャクソン氏と日系3世ケリ-・モリタ氏の講議と質疑応答が設定されていた。ジャクソン氏が「マ-ケと商品」、森田氏がノ-トパソコンのスライド(「101」)を使いながら、「会社概要、マ-ケ」の講義をおこなった。
 イラ-・メデイア社は、1902年創立、全米第二位の屋外広告会社で、媒体と製作の両方をもち、199 年からは企業買収でラジオ会社クリア・チャンネル・コミュニケ-ションズ(830のラジオ局、19のテレビ局を持つ)の傘下にはいり、ラジオ・テレビ・屋外メデイア コンプレックスの一翼でもある。昨日も一日だけでエラ-社のビルボ-ドはたくさん見た。
 自分にとっての要点はだいたい次のとうり。(Q&Aを含め)